毒にも薬にもなる人生が目標のLeeの「別天地」

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上も下も自分も
シゴト関係でお世話になっている目上の方との会食に、私の上司とともに行く。
この上司・Aは びっくりすることに、いつでも自分の話しかしない
先方が京都のご出身なのに対して
自分がいかに京都の某業界の人にかわいがってもらったかを延々と話しつづける上司・A。
静かに聞いてくださる目上の方。

正直、先方に謝りたいやら帰りたいやらの私。
釈迦に説法
っていう言葉しってるのかしら?

その目上の方が今、関わっているあるプロジェクトについても
じつは上司・Aが企画立案のチームにいたらしく
「今のあのプロジェクトは なっちゃいない。
 申し訳ないけど、今のチームでは何の発見感もない」
とボロクソに言っている。
目上の方から
「じゃぁ今、私がいるチームは全然ダメなんですね…」
なんて相づちを打たれる始末。

だれかー!私が入れる穴をさがしてーーーーーー!
実るほど 頭を垂れる稲穂かな
っていう言葉しってるのかしら?

どうしてここまで上司・Aは
相手に何の思いやりもなく
自分のスゴさを見せつけようとばかりするんだろう???


しかし、そんなこと言っている私も
何年に1度、ご挨拶に行く師匠がいて
その方に
「Leeさんも変わったね。
 昔は、自分の賢さを見せよう見せようと話していた気がするけど
 今はとっても穏やかだね」
と言われて、
はずかしくて顔から火を噴きそうになったことがある。
社会に出て、カッコイイ大人をみてからは
自分の手柄なんてはずかしくて、言えなくなるもの。


本当にスゴいかどうかなんて、周りの人が感じれば良いことであって
自分でべらべら言うべきことじゃないんだなー。

世の中、自分よりもスゴい人は本当に たくさんいて、
自分はそこまで到達できなくてイライラしたり、凹んだりするけど
それでも しぼまず、ふんぞり返らずに粛々と努力してみるのが
健全な感じがするのよね。


最近の
叱った親を殺してみたり、昔の先生を刺してみたり、
思うように異性がきてくれなくて無差別殺人を試みてみたり…と
自己が否定される→即 暴れる になっているニュースを見ていると
なんだかヘンな自己愛が激しい人が増えたようで、気持ち悪くなる。
自分という人間の認めさせ方が、完全に違う気がする。

いーこね、カワイイわね、といわれる家庭での乳幼児の時期を過ぎると
次は幼稚園や学校で
自分よりもスゴい人間やカワイイ人間はたくさんいることを知る。
自分がたいしたことないレベルだ、ってことを知る。
そのショックをちゃんと乗り越えてからが、本当の社会生活なんだけど。

そこでショックに向き合わないで
家に逃げ帰ってママから言われる(あるいは自分で自分に言い聞かせる)
「そんなことない、アナタはカワイくてお利口よ」
なんて慰めをマに受けて
自分を認めてくれない相手や世の中の方が間違ってる、なんて思い続けると
…うへぇって人間になるんだろうなぁ。

そういう子は他者を認められないから
なんとなく いや~な空気感がでていて
友達もできなくて、ますます自画自賛の世界に入っていく。

世の中、上には上がいて、下には下もいるの。
それを受け入れられない人が増えているんでしょうか。
受け入れられないのが属人的な問題なのか、
教育の問題なのか、
はたまた時代的な問題があるのかどうか、
…自分自身も、そのヤな感じの人間だったことがある人間の1人として
そこらへんの原因を もやーーーっと考えている日々であります。


ま、上司・Aの場合は、属人的な問題な気がするけど。。。

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